紳士淑女の海外レストラン、ホテル利用術
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『最高の扱いを受けるなら、男性は黒子に徹すべし』
フードコラムニスト 門上 武司氏
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フランスの一二ツ星レストランで遭遇した光景だ。
どのテーブルからも見える真ん中の席にカップルが2組案内された。2人の女性が先頭を歩き、男性が後ろから付いてくる。男性はダークスーツ。1人の女性は胸が大きく開いたドレス、もう1人は背中が大きく開いたドレスで、2人ともピンヒールであった。
なるほど「私たちのレストランはこのような客を迎えています」というところを客全員にアピールしたかったのだろうと納得したことを、いまでもしっかり覚えている。
あくまでレストランでは女性が主役である。特に海外ではその傾向が強い。そのために女性用のメニューには値段の記述がないことが多い。値段を気にせず好きな料理をオーダーしなさいという配慮だ。極端だが彼女を引き立てるために、どう振る舞えばいいかだけを考えれば、それだけで今夜のディナーは成功したようなものだ。その意思が伝われば、サービスを担当するスタッフを味方につけたも同然である。
といっても、いつもダークスーツにドレスというわけにはいかないこともある。別の三ツ星レストランでは、次のようなカップルに出くわしたことがある。もっとも昼食ではあったが、男性は紺色のジャケットでブルーのボタンダウンのシャツにレジメンタルタイ、コットンパンツ。女性はシンプルなワンピース。見るからにアメリカ人だが、男性が「今日は彼女の誕生日なのでわざわざこのレストランにやってきた」とサービスの人間に説明していた。
そのひと言で雰囲気は一変した。このカップルが何のために自分たちのレストランを訪れたのか理解したとたん、2人にシャンパーニュが「お店からのプレゼントです」とサーブされたのだ。 レストランにも昼と夜の顔がある。それぞれに相応しい服装や立ち居振る舞いはあるだろうが、それより何のためにやってきたのか、つまり「彼女のために訪れた」ということを、できるだけ早くサービスの人間に伝えるのが先決。片言の英語でもいい。「彼女の記念日なんです」と伝えるだけで対応は大きく変わってくるはず。心配しなくても「何の記念日ですか」なんて野暮な質問は返ってこない。いいレストランほどそのあたりの呼吸は見事なものだ。
料理は分からなければコースを選べばいいし、ワインリストを眺めながら支払い可能な価格帯を指差せば、ソムリエが値頃感のあるものを確実に選んでくれる。
そこまで終わればレストランは快適な空間となること間違いなしだ。サーブされる料理をにこやかな表情で食べればいいし、本当においしければサービスの人に笑いかければいい。堂々と食事を愉しんでいます、という姿勢を見せれば、それに対応して笑顔のサービスが待ち受けている。だって、レストランのサービスは客を満足させ、笑顔を引き出すことがプロフェッショナルの条件なのだから。
ポイントは、「この食事の主役は女性ですよ。彼女を満足させることが、大きな巨的なんです」と伝えること。それさえできれば、きっとマダムやサービスのスタッフは彼女のためにいろいろ手を尽くしてくれるだろう。マダムがテーブルに現れれば、そこは確実にレストランでもいい席となる。
優れたレストランやホテルは女性のためにあると言っても過言ではない。そのための男性と、心得るべし。
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関西の食雑誌「あまから手帖』の編集主幹を務めるほか、「食」に関する発言を多方面で活発に繰り広げる門上氏。パリの有名店にも足繁く通い、女性のエスコートに慣れた「食の達人」だ。